知多半島偉人図鑑
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常滑市瀬木村(現 常滑市瀬木)1821年~1901年めいじじだい明治時代のしょき初期、き木のかた型をつか使っておな同じかたち形のどかん土管をたいりょう大量につくることにせいこう成功。どかん土管のつくりかた方をかくりつ確立し、とこなめやき常滑焼をおお大きくはってん発展させました。また、あたら新しいた田んぼのかいはつ開発やあたら新しいべんき便器をはつめい発明し、「とこなめびじゅつけんきゅうじょ常滑美術研究所」もつくりました。まいとし毎年、11がつ月3か日にとうそさい陶祖祭がかいさい開催されています。常滑市実業家生まれたところゆかりのある市町どかん土管をつくったとこなめ常滑の「とうそ陶祖」鯉江 方寿知多郡武豊町冨貴村(現 知多郡武豊町大字冨貴)1852年~1934年そんかいぎいん村会議員のとき時にうみ海をた田にか変えることをけいかく計画。もりまんしんでん森万新田とよ呼ばれるあたら新しいた田んぼをかいはつ開発しました。また、それまでの「べたまき」よりもすぐ優れた「たんざくがた短冊型なわしろ」という、あたら新しいのうぎょう農業のほうほう方法をせっきょくてき積極的にと取りい入れました。きそがわ木曽川からのよう用水のひつようせい必要性をと説き、あいちようすいはつあん愛知用水発案のちち父ともい言われています。武豊町議員生まれたところゆかりのある市町うみ海をた田にか変え、あたら新しいのうぎょう農業にちょうせん挑戦森田 萬右衛門大府市名古屋宮出町(現 名古屋市東区)1859年~1944年すずき鈴木バイオリンせいぞう製造のそうぎょうしゃ創業者。おわりはんし尾張藩士のちょうなん長男としてう生まれ、かぎょう家業のしゃみせん三味線づくりをてつだ手伝いながら、バイオリンのけんきゅう研究にうちこみ、にほん日本のバイオリンせいさくしゃ製作者のさきが先駆けとしてたか高くひょうか評価されました。おおぶ大府のよこねまち横根町にた建てたこうじょう工場は、けんきゅう研究にうちこむきょてん拠点となりました。まさきち政吉がつくったかいしゃ会社はいま今、なごや名古屋でビオラやチェロなどもつくっています。大府市創業者生まれたところゆかりのある市町にほん日本のバイオリンづくりのさきが先駆け鈴木 政吉知多市岡田村(現 知多市岡田)1855年~1931年もめんせいぞうぎょう木綿製造業をて手がけながら、ひんしつ品質のよ良いぬの布がたくさんお織れるしょっき織機のけんきゅう研究にうちこみ、めいじ明治31ねん年に「竹内式動力織機」のとっきょ特許をと取りました。めいじ明治34 ねん年には、竹内木綿工場をつくり、のち後に丸登織布工場にはってん発展させます。ちた知多のおかだ岡田がちたもめん知多木綿のいちだいさんち一大産地となるどだい土台をきずきました。知多市実業家生まれたところゆかりのある市町たくさんのぬの布がお織れるしょっき織機をかいはつ開発竹内 虎王3もりたまんえもんすずきまさきちこいえほうじゅたけうちとらおう大創実まるとおりふこうじょうたけうちもめんこうじょうたけうちしきどうりょくしょっきすい

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