知多半島偉人図鑑
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常滑市常滑町(現 常滑市奥条)1890年~1980年いなせいとう伊奈製陶(のち後のいなっくすINAX、いま今のりくしるLIXIL)のそうぎょうしゃ創業者。たいしょう大正じだい時代にた建てられたていこく帝国ホテルのタイルをつくるなど、きんだい近代のとこなめようぎょう常滑窯業のはってん発展とかいはつ開発にちから力をつくしました。そのおお大きなこうけん貢献によって、とこなめ常滑はちょう町からし市へとはってん発展し、とこなめちょうちょう常滑町長、しょだいとこなめしちょう初代常滑市長としてもかつやく活躍しました。生まれたところゆかりのある市町タイルづくりでとこなめ常滑にこうけん貢献伊奈 長三郎東海市名和村(現 東海市名和町) 1875年~1971年カゴメのそうぎょうしゃ創業者。げんさい現在のとうかいしあらおまちしゅうへん東海市荒尾町周辺でしょくよう食用トマトのさいばい栽培にと取りく組み、そのトマトから、1903 ねん年にはじ初めてトマトソースをつくります。そのご後、ケチャップやトマトジュースなどもつくり、とうかいし東海市のうえのこうじょう上野工場をはじめこくない国内にたくさんのこうじょう工場をた建てて、「トマトおう王」とよ呼ばれました。東海市創業者生まれたところゆかりのある市町にほん日本にトマトのしょくぶんか食文化をひろ広めた蟹江 一太郎知多郡南知多町内海町(現 知多郡南知多町大字内海)1878年~1969年たいしょう大正7ねん年、うつみじどうしゃごうしがいしゃ内海自動車合資会社(ちたのりあい知多乗合バスのぜんしん前身)をつくり、うつみ内海~たけとよかん武豊間でのりあい乗合バスのじぎょう事業をはじ始めます。ちたぎんこうとうどり知多銀行頭取、ちたぐんかいぎちょう知多郡会議長、しきしませい敷島製パンとりしまりやく取締役、日ほんていしんかぶしきがいしゃしゃちょう本逓信株式会社社長などをつとめ、みなみちた南知多やちたはんとう知多半島のかんこう観光、さんぎょう産業、こうつう交通のはってん発展におお大きなやくわり役割をは果たしました。南知多町創業者生まれたところゆかりのある市町ちたはんとう知多半島にのりあい乗合バスをはし走らせた内田 佐七大府市 静岡県磐田郡笠西村(現 静岡県袋井市) 1885年~1979年せかいてき世界的なようけい養鶏(ニワトリのしいく飼育)のだいいちにんしゃ第一人者。なごや名古屋コーチンというなまえ名前でゆうめい有名なニワトリのかいりょう改良にと取りく組み、おおぶ大府の梶田町にようけい養鶏の専もんけんきゅうじょ門研究所をつくりました。ニワトリがオスかメスかをみ見わけるほうほう方法をかいがい海外にひろ広めたほか、カゴでか飼うほうほう方法をかんが考えだ出し、ブラジルせいふ政府からもひょうしょう表彰されました。きたやましょうがっこう北山小学校のちか近くに、せきひ石碑がた建てられています。大府市養鶏家生まれたところゆかりのある市町ニワトリのしいく飼育でせかい世界にし知られる高橋 広治4うちださしちいなちょうざぶろうかにえいちたろうたかはしひろじ常滑市創業者創せんかじたちょうに

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